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●神戸高等商業学校の設立 戦時下の学徒出陣 空襲で被害も
1942年(昭和17年)4月18日、米軍機が本土初空襲。神戸では兵庫方面に焼夷弾が投下され、戦時の色がいよいよ濃くなってきました。1943年(昭和18年)10月、学生・生徒の徴兵猶予が停止され、11月には神戸商業大学、神戸高等工業学校、姫路高等学校などの出陣学徒の壮行会が行われました。【写真16】学徒出陣のため湊川神社に参拝する神戸商業大学予科の生徒。11月には東遊園地で神戸地区の学徒出陣壮行会が行われた。1943年。(提供=凌霜思誠会) 1945年3月17日未明の空襲で、「神戸工業専門学校」(1944年神戸高等工業学校が改称)は一部を残して焼け落ちました。「兵庫県立医学専門学校」(1944年開校)と附属医院も一部を焼失。 また、6月5日の空襲では、「神戸経済大学」(1944年神戸商業大学から改称)予科仮校舎、同寄宿舎、国維寮、弓道場が全焼。兵庫師範学校の御影校舎と寮も焼失しました。 ・神戸大学前身校の統合の歴史は「神戸大学の歴史」(神戸大学制作)をご覧ください。 制 作=神戸大学学友会kobe-u.com委員会 制作協力=神戸大学ニュースネット委員会 2002年5月11日 |
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