PHP発行の月刊誌「歴史街道」3月号では、100年前勃発した日露戦争に関する特集を行っている。神戸大経済学部長、副学長をつとめた神木哲男奈良県立大学長(神戸大名誉教授)も寄稿者の一人。タイトルは「1億円を調達せよ ー高橋是清、ロンドンで奮闘す」。当時の日銀副総裁高橋是清が、日露戦争の戦費調達のためロンドンに行き交渉した経緯をトレースしている。高橋是清は主としてロンドンで現地の金融関係者たちと会い、一年近くの間外債募集の交渉につとめた(1904年2月ー1905年1月)。
約一年の外債募集行脚の後、高橋是清は1905年2月末に再び外債募集のためアメリカ経由でロンドンに向かい数次に渡る外債募集を行う。高橋是清がすべての業務を終え、横浜に戻ってきたのは1906年1月23日のことであった。時に高橋是清は53歳。その前年の9月8日、日露講和条約は既に調印されていた。
日露戦争の戦費は「臨時軍事費」として支出された分が15億円強に達していた。この金額は、日清戦争時の戦費2億円に比べると7.5倍に相当する。日露戦争戦費15億円の約47%が、外債により調達されていた。日露戦争遂行のために外債へ依存した。その依存度は極めて高かったといえよう。
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