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同窓生ニュース

ここでは神戸大学関連の様々なニュース・トピックスをご紹介しています。

過去の同窓生ニュース一覧  過去の同窓生ニュース一覧がご覧いただけます。
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 同窓生ニュース: 2007年6月
平川和文教授(発)が、「生活にスポーツ習慣を」と提言 (2007.06.29)
フューチャーベンチャーキャピタル松本直人関西投資部長(2000年経卒) (2007.06.28)
朝日新聞コラム「医療危機」から (2007.06.27)
大阪トヨタ三吉暹会長(1963年経卒)が関西の新産業育成についてコメント (2007.06.26)
討論会「関西からの新産業創造」、加護野忠男教授(営)等 (2007.06.25)
【連載読物】田山花袋「蒲団」のモデル岡田美知代の兄岡田實麿(3) (2007.06.22)
【連載読物】田山花袋「蒲団」のモデル岡田美知代の兄岡田實麿(2) (2007.06.21)
【連載読物】田山花袋「蒲団」のモデル岡田美知代の兄岡田實麿(1) (2007.06.20)
髙橋昌明教授(文)の新著『歴史家の遠めがね・虫めがね』 (2007.06.19)
岩波文庫創刊80年記念「図書」”私の三冊”から (2007.06.18)
リーガロイヤルホテルで働く山本真梨子さん(2006年国際文化卒) (2007.06.15)
神戸大剣道部員、42年前の献血―この5月当時の患者と対面 (2007.06.14)
小林美希さん(2000年法卒)の新著『ルポ 正社員になりたい~娘・息子の悲惨な職場』重版決定 (2007.06.13)
【連載読物】廣田精一神戸高工校長と日本自動車史(2) (2007.06.12)
【連載読物】廣田精一神戸高工校長と日本自動車史(1) (2007.06.11)
敏馬神社の宮司をつとめる花木直彦さん(1961年文卒) (2007.06.08)
山家悠紀夫前教授(1964年経卒)の新著『「痛み」はもうたくさんだ! 脱「構造改革」宣言 』 (2007.06.07)
大正銀行灘支店が、惜しまれつつ取り壊しー足立裕司教授(工)がコメント (2007.06.06)
ロニー・アレキサンダー教授(国際協力)が絵本『ポーポキ、平和ってなに色?』を刊行 (2007.06.05)
神戸大学クラブ(KUC)旅行同好会、「申込締切」迫る (2007.06.04)
バンドー化学初の技術系社長に就任する谷和義さん(1976年工卒) (2007.06.01)
バンドー化学初の技術系社長に就任する谷和義さん(1976年工卒)(2007.06.01)

伝動ベルト大手のバンドー化学の社長に、6月22日付で谷和義取締役が就任する。谷新社長は、1976年工学部システム工学科卒(第1回生)、バンドー化学に入社。2004年に取締役に就任した。同社で初めての技術系出身の社長(3月29日付各紙)。

バンドー化学は技術系の人材育成に関してユニークな社内制度を設けている。今般、社内に「バンドー技術塾」を開設した。製品開発や生産技術開発を促進するのが狙い。池村征四郎専務が塾長に就任して基礎技術からアプリケーション技術まで、それぞれのレベルに応じて教育する。まず技術系の新入社員を入社後6ヶ月の間、「バンドー技術塾」で教育し、その後に実際の職場に配属することにしている(5月17日付日経産業新聞)。

「人材育成の強化」を重要な経営課題に位置づける同社は、2003年度に将来の幹部候補生を対象にした「バンドー経営学校」を創設している。2004年度には海外展開に対応できる人材の養成を目的とした「グローバル・ビジネススクール」を、そして2005年度には次世代の生産部門の管理監督者を養成する「ものづくり塾」を開設した。2006年度の場合、合計で約60人の社員が受講している(同)。

バンドー化学.jpg

バンドー化学のホームページから


神戸大学クラブ(KUC)旅行同好会、「申込締切」迫る(2007.06.04)

神戸大学クラブ(KUC)旅行同好会(神戸)は、毎年海外旅行を行っている。今年はその9回目。8月末からスイスへ行く。今回はKUCはもちろん、大阪凌霜クラブや東京凌霜クラブの会員にも、参加を呼びかけている。締切は6月15日。全学部卒業生を対象とする。例年、夫妻での参加も多い。現在も参加受付中。以下は、その概要。

第9回KUC海外親睦旅行ースイスハイライトー  
“アルプス3大名峰と氷河特急” 8日間の旅
アルプス最高峰のモンブランをはじめマッターホルン・ユングフラウ・アイガーなどアルプスを代表する名山の観光に加えて、世界遺産の街ベルンやルッツエルンも訪れる。

委託団体   神戸大学クラブ「KUC旅行同好会」
企画実施   日本通運(株)神戸旅行支店
日  程   8月27日(月)~9月3日(月)の8日間 
費  用   国際線 エコノミー席利用(氷河特急は1等車利用)
       (A)  412,000円 (10~14人)  ” 全食事つき・OP料なし”
       (B)  398,000円 (15人~)
       (他に空港税・燃料サーチャージ・渡航手数料など30,000円余要)
       ホテルは2人1部屋利用 1人部屋利用追加代金63,000円
       添乗員付き。ホテルはスーペリア(4星)以上

問合わせ・申し込みは電話かFAXで下記へ(締切6月15日)
なお、日程など詳細は、希望者に送付する。

KUC事務局 (浪越(ナオ))    
電話・FAX共通  078ー334-1323
日通旅行神戸支店(担当 嶋、歓峯(ヨシミネ))  
電話 078-252-4055 
FAX  078-252-4088

昨年は、9月に「ロシア・エストニアを訪ねて9日間」の旅を実施。20余名が参加した。夫妻での参加者も多かった。


ロニー・アレキサンダー教授(国際協力)が絵本『ポーポキ、平和ってなに色?』を刊行(2007.06.05)

神戸大学大学院国際協力科ロニー・アレキサンダー教授が、亡くなった愛猫ポーポキ(ハワイ語で猫)を主人公にして、「平和」を考える絵本『ポーポキ、平和ってなに色?』(エピック)を刊行した。定価は1500円 (税込)  。

アレキサンダー教授は「平和は与えられるものではなく、一人一人が作っていくもの。平和になるための行動を起こしてほしい」と絵本に込めた願いを語っている(5月24日付毎日新聞)。

【参考】神戸大学ホームページ
http://www.kobe-u.ac.jp/info/book/0705_02.htm

ポーポキ.jpg


大正銀行灘支店が、惜しまれつつ取り壊しー足立裕司教授(工)がコメント(2007.06.06)

阪神電鉄大石駅近くにあった大正銀行灘支店(神戸市灘区鹿ノ下通3)をご存知だろうか。この建物は、戦前期に建築されたもの。玄関のギリシャ古典建築風の石柱に特徴がある。大正銀行灘支店は5月25日、老朽化を理由に営業を終えた。土地・建物の売却後、取り壊される見通しで、地域に親しまれた近代建築の消滅を惜しむ声が上がっている。

建物は1936(昭和11)年、旧三和銀行大石川支店として完成した。その後、1976年に大正相互銀行(現・大正銀行)となる。鉄筋コンクリート二階建てで、阪神大水害に耐え、戦時中の空襲にも遭わなかった。阪神・淡路大震災では屋上の煙突が倒れたが、本体への影響はなかったそうだ。

近代化遺産に詳しい神戸大大学院の足立裕司教授(工、建築学)は「明治から続いた古典様式主義の最終期に建てられた貴重な建築物」と、大正銀行灘支店を評価する(5月24日付神戸新聞)。

大正銀行.jpg
  
「デジカメ写真缶∥神戸レトロ」(下記)から
http://sano567.web.infoseek.co.jp/HYOUGORETORO/


山家悠紀夫前教授(1964年経卒)の新著『「痛み」はもうたくさんだ! 脱「構造改革」宣言 』(2007.06.07)

山家悠紀夫(やんべ・ゆきお、1964年経卒)さんの新著『「痛み」はもうたくさんだ! 脱「構造改革」宣言 』が、かもがわ出版(京都)から刊行された。本書は、「かもがわCブックス」シリーズの第10番目として出版されたもの。定価は1800円+税。山家さんは、旧第一銀行に入社、元銀行系シンクタンク(第一勧銀総研)専務理事から神戸大学大学院経済学研究科教授に転じた。教授退任後の現在は、「暮らしと経済研究室」を主宰している。

本書のサブタイトルは”脱「構造改革」”。小泉内閣が指向した新自由主義的な「構造改革」により、格差社会は予測されていた。企業収益は良くなったが、そのしわ寄せは国民に来た。これが本書の趣旨。その表れとして、非正社員の増加、生活保護世帯の増加、貯蓄ゼロ世帯の増加等、本書の主張は具体的データに基づいたものとなっている。以下は目次。

第1章 格差社会をもたらしたもの
第2章 「構造改革」とは何であるか
第3章 米英流の新自由主義政策とは
第4章 「小さな政府」も消費税増税もよくない
第5章 「貯蓄」を「投資」に変えるべきか
第6章 「日本21世紀ビジョン」を読む
第7章 格差社会をこえて

なお、本書は5月16日付で社団法人日本図書館協会選定図書に選ばれた。

山家悠紀夫.jpg


敏馬神社の宮司をつとめる花木直彦さん(1961年文卒)(2007.06.08)

阪神電鉄神戸線の岩屋駅を下車、南へ300メートル程下る。国道2号、阪神高速道路に面するところに敏馬(みぬめ)神社がある。このあたりは神戸最古の港といわれている。神社は西暦201年の創建と伝えられており、大化の改新(645年)の頃は「敏馬の泊まり」といわれ、万葉歌人を始め多くの歌人が遊び賑わった。国際港都神戸も、驚くほど古い歴史がある。

万葉集にはこの地を詠んだ歌が11首ある。柿本人麻呂の「珠藻刈る敏馬を過ぎて夏草の野島の埼(みさき)に船近づきぬ」は有名。境内に歌碑がある。昭和初期まで、敏馬は白砂青松の景勝地だった。 神戸大学の前身の神戸高商の学生達は、敏馬の浜でボートレースを楽しんだという。

敏馬神社の宮司をつとめているのが花木直彦さん。1961年文学部の卒業生だ。神社の住所は、神戸市灘区岩屋中町4-1-8。

【参考】「灘百選」のホームページ(写真も)
http://www.city.kobe.jp/cityoffice/82/100sen/100kou.html
なお、「灘百選」の”建物”の部門には神戸大学が登場している。

敏馬神社 灘区.jpg


【連載読物】廣田精一神戸高工校長と日本自動車史(1)(2007.06.11)

中部博著『自動車伝来物語』(1992年、集英社)は、我国への自動車の伝来に関して薀蓄を傾けたユニークな本である。この本に、神戸大学工学部に胸像がある廣田精一初代神戸高等工業学校(神戸高工)校長(写真)と黎明期の自動車との関わりが詳しく紹介されている。神戸大学工学部の前身である神戸高工の設立は1921年(大正10年)。その初代校長が廣田精一先生(1871―1931)であった。廣田先生は1871年(明治4年)広島県福山の生まれ。帝国大学工科大学(後の東京大学工学部)電気工学科を卒業した。卒業後は実兄が支配人をつとめていた高田商会に入社する。その後、ドイツのジーメンス・シュッケルト社に社内留学、帰国後高田商会の電気部長に就任した。

廣田精一.jpg

明治33年(1900年)、高田商会の洋行帰りの電気部長であった廣田精一先生は日本の自動車の歴史に颯爽と登場する。弱冠29歳という若さだ。この年の5月10日、時の皇太子(後の大正天皇)のご成婚に際し、サンフランシスコ在留の日本人が電気自動車を献納した。1900年9月8日付東京日日新聞(現毎日新聞)には、この献納車(注)のイラストが掲載されている。

(注)この自動車は、永年の間“日本最初の自動車”とされていたが、その2年前の1898年、フランス人テブネ(Jean Marie Thevenet)が日本へガソリン自動車を持ち込み、銀座を走った(運転したのはテブネ)という記録が明らかとなってからは、定説からは外されている。

さて、献納された電気自動車は日本に到着したが、その充電の方法、運転の仕方についてのノウハウがない。そこで、東京電灯株式会社(現東京電力)にご下命がある。ところが、送電を開始して11年を経た日本最初の電力会社も、交流電力を直流電力に変換して電気自動車に充電することができない。そこで、今度は高田商会にご下命があった。そこで、廣田精一電気部長は高田商会にあったジーメンス・シュッケルト社製の直流の充電装置を使用して電気自動車に充電する。当時、この自動車は青山御所に所蔵されており、ここで廣田精一部長自身が機能の検査、前進・後退・停止等の試験をおこなった。フランス人テブネが来日以来、日本に自動車は持ち込まれた形跡がない。そこで、高田商会の廣田精一部長は、「日本の国土の上で最初に自動車を運転した日本人」ということになる。

翌日になって、次席の者がブレーキの検査をおこなった。この2日目の走行試験は紀伊国坂で行なわれた。ところが、ブレーキとハンドルの操作ミスから。この献納車は濠に転落してしまう。この2日目の運転者は汽車の機関士だったともいわれている。濠から引き揚げた献納車は、幸いにして無傷。後日、皇太子の前で、“静かに運行しておめにかけた”由である。


作成:神戸学術事業会


【連載読物】廣田精一神戸高工校長と日本自動車史(2)(2007.06.12)

その後、廣田精一先生は扇本真吉氏とともに東京電機大学の前身である電機学校を設立(1907年)する。その出版部が今日のオーム社のルーツ。1914年(大正3年)に、オーム社が設立された際、オームの法則の「オーム」とともに電機学校の校長扇本真吉(O)、廣田精一(H)、丸山莠三(M)教頭の頭文字を並べ、社名としたという説がある(『オーム社75年史』1992年・オーム社)。

廣田精一先生は1921年(大正10年)神戸高工校長に着任後、電気自動車の研究を行なっている。フォードのガソリンエンジン車を購入し、教員、学生が一丸となり電気自動車を製作し、その走行実験に成功した。神戸高工の電気自動車は1926年(大正15年)の大阪電気大博覧会にも出品されている。今日でも、日本の電気自動車の歴史のなかで、神戸高工(写真)の名が出てくるのは、このような背景がある。

神戸高工.jpg

1929年(昭和4年)10月21日付「電気新報」に、廣田精一先生は、発明王エジソンとの会見記を寄稿している。題して「八十翁エジソンとかたる」。多忙で面会嫌いのエジソンに会うのは大変。そう思ってニュージャージー州オレンジのエジソン研究所に向かう。幸いに面会は成功し、エジソンと会い、握手をする。このときの喜びを「ああ、今僕は確かに世界の電気王と握手したのである」と述べている。

エジソンは廣田先生に「日本は中国をどうする積もりか」と質問。これに対して先生は「日本は中国に対し領土的野心はない」と答えた。何しろ多忙なエジソンである。長居は無用と早々にひきあげた。しかし、「ラジオの将来」「電気自動車の将来」について尋ねておけばよかったと廣田先生は後悔する。この会見は1927年、先生が汎太平洋会議に教育代表として出席した際のことと推定される(『廣田精一先生の思い出』1973年・私家版)。ちなみに、エジソンは1847年に生まれ、1931年に死去している。この電気新報記事は1930年(昭和5年)にオーム社から刊行された『廣田精一文抄』からの採録したもの。同書には、「廣田精一氏に贈る、トーマス・エジソン」の署名入りの写真も収録されている。

作成:神戸学術事業会


小林美希さん(2000年法卒)の新著『ルポ 正社員になりたい~娘・息子の悲惨な職場』重版決定(2007.06.13)

2000年に神戸大学法学部を卒業した小林美希さんの『ルポ 正社員になりたい~娘・息子の悲惨な職場』が、影書房から発売された。定価は税込みで1680円。既に重版が決定している。

毎日新聞・エコノミスト編集部で若者の雇用・就業問題に健筆をふるっていた小林美希さんは、この2月に独立しフリーの労働経済ジャーナリストなった。現在は、エコノミストにも寄稿を続けるとともにAERA(朝日新聞社)等他の媒体でも活躍中。「団塊妻のリフォーム 夫は『あちら』へ」(AERA 5月21日号)は、従来とは違った分野でのレポート。ユニークな記事であった。

小林さんはエコノミスト誌で、特集「娘、息子の悲惨な職場」シリーズを手がけ、就職氷河期世代の若者などの雇用問題や結婚、子育てと仕事の両立、少子化などに鋭く斬りこんできた。これらが本書のテーマである。以下本書のは目次。

第1章 規制緩和がもたらした“wageless recovery”(賃金なき回復)
第2章 つくしても報われない派遣の実態
第3章 寿退社から“妊娠解雇”へ
第4章 新卒にも波及した派遣の問題
第5章 ジャストインタイムに巻き込まれた果て
終 章  正社員になりたい~人間らしく働きたい


小林美希さん(2000年法卒)の新著『ルポ 正社員になりたい~娘・息子の悲惨な職場』重版決定.jpg


神戸大剣道部員、42年前の献血―この5月当時の患者と対面(2007.06.14)

1965年の夏、神戸大学剣道部が金沢で合宿中、「心臓手術中の女性に献血を行い命を救う」という美談があった。合宿場所の金沢大学で練習中、患者(女性)の知人に懇願され防具姿のまま機動隊の車やタクシーで金沢大学附属病院に駆けつけ、女性患者と同じ血液型の部員5人が各100ミリリットルずつ献血をおこなった。

それから42年。かつての剣道部員たち16人が、5月26日に当時の患者(63)と富山県で対面した。献血により命を取り留めた女性は、その後23歳で結婚、子供2人に恵まれた。女性は「生き延びられたのは皆さんのおかげ」と声を詰まらせながら何度も頭を下げた。以上は5月27日付朝日新聞(大阪)の記事。

この話題に関しては『神戸大学剣道部創部百周年 剣友会創設八十周年記念誌』(2004年)に「金沢での合宿、ここでは稽古を中断しての急患への献血で地元新聞に小さな善行として紹介された」(187ページ)、「神戸大学柚木馨学長から表彰を受けた」(190ページ)等の思い出が記録されている。


リーガロイヤルホテルで働く山本真梨子さん(2006年国際文化卒)(2007.06.15)

6月4日付読売新聞(大阪)夕刊のコラム「OG訪問」欄に、リーガロイヤルホテル フロント課勤務の山本真梨子さん(2006年国際文化卒)が登場、”就職”を語っている。山本さんは、ケーキ店でアルバイトをしたのがきっかけで、多くの人とじかに触れ合う接客業の魅力を知った。大学3年の秋から、ホテル、百貨店、航空会社等約60社の話を聞いた。

就職試験の面接で心がけたのは”アイコンタクト”。応えに詰まっても、決してうつむかず、面接官に「ここで働きたい」目で訴えた。これは、接客にも通じる心構え。山本さんは就職活動中の学生達に語りかける。

リーガ.jpg

写真は、リーガロイヤルホテルのホームページ


岩波文庫創刊80年記念「図書」”私の三冊”から(2007.06.18)

岩波文庫が創刊されたのは1927年(昭和2年)。今年はその80周年にあたり、岩波書店のPR誌「図書」が臨時増刊を刊行した。”私の三冊”と題して、各界の人物232人が岩波文庫について、それぞれ心に残る三冊の本を取り上げ短評を加えている。

最も多く登場した本は、日本戦没学生記念会編『きけ わだつみのこえ』(18人)であった。ちなみに、10年前の同じ企画では『「いき」の構造』が、20年前は『銀の匙』が第一位だった。

上記232人のなかに、神戸大学教授、名誉教授、卒業生が計5人寄稿していた。

王柯(神戸大学国際文化学部教授/歴史・政治)
織田正吉(1955年法学部卒、笑いユーモア研究)
小野理子(神戸大学名誉教授(国際文化学部)/ロシア文学)
中井久夫 (神戸大学名誉教授(医学部)/精神医学)
脇田晴子(城西国際大学客員教授(1956年文学部卒)/日本中世史)

大学教授たちが並ぶなかで、織田正吉さんはユニークな存在だ。織田さんの本名は構恒一、神戸大学法学部卒業後市役所職員であったが、漫才台本作家となり、さらには”笑い”、”ユーモア”、”コトバ遊び”と執筆のジャンルを広げていく。著書に『ジョークとトリック』、『百人一首の謎』、『笑いとユーモア』等多数。

【参考】岩波書店 文庫ニュース
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/bun/

岩波文庫.jpg
岩波文庫80年のシンボルマーク


髙橋昌明教授(文)の新著『歴史家の遠めがね・虫めがね』(2007.06.19)

角川学芸出版から髙橋昌明教授の新著『歴史家の遠めがね・虫めがね』が刊行された。定価は1500円+税。 本書は、歴史の多彩な面白さや意外性を興味深く語ったエッセー集。随所に最新の歴史学の知見が盛り込まれている。

全編で60のテーマ。”かつおのタタキ”やヤキトリの誕生。居酒屋の歴史、変わってしまった日本人の歩き方、乗馬を怖がる武士、二カ月近くかかった土佐-京都間の船旅。そして、帝国憲法制定時の「臣民の権利」をめぐる論争、思想弾圧としての焚書等々多種多様な話題が盛りだくさん。神戸時代の坂本龍馬、映画館が多く”西の浅草”と呼ばれた新開地。そして神戸大学の話題が所々で登場する。これは読んでのお楽しみだ。

内容の約三分の一は、2006年度前期の全学共通教育科目 (日本史) で、経済・経営・法三学部を中心とした390人の受講生を対象に講義されたもの。さらにその前身は高橋教授の郷里である高知新聞紙上で1年3ヶ月続いた連載である。紀貫之、山内一豊、坂本龍馬、寺田寅彦、小松益喜といった高知ゆかりの人物にスポットライトが当たっていた。

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【連載読物】田山花袋「蒲団」のモデル岡田美知代の兄岡田實麿(1)(2007.06.20)

今から100年前の1907(明治40年)、田山花袋(たやま・かたい、1872年―1930年)が、小説「蒲団」を発表した。妻子がある中年の作家(作者の分身と思われる竹中時雄)が、若い女弟子横山芳子へ切々たる恋情を寄せる。そんな赤裸々な心のうちを書き綴った作品である。当然のことながら、賞賛と嫌悪感の渦巻く賛否両論の大反響を社会にもたらした。現在なら「どうってことない」小説であろう。しかし、日露戦争が終わったばかりという時代背景を考慮すれば、文壇内外の大騒ぎは理解できよう。文学史上「蒲団」は、自然主義文学の代表作として後世に名を残し、今日でも岩波文庫の一冊(『蒲団・一兵卒』)として比較的容易に読むことができる。

「蒲団」の女弟子横山芳子にはモデルがいる。田山花袋の自宅に寄宿して、文学上の指導を受けていた岡田美知代である。「蒲団」において、芳子は岡山県新見市の出身と設定されている。しかし、モデルとなった岡田美知代の出身地は、同じ中国地方の山間地である広島県甲奴郡上下町(こうぬぐん・じょうげちょう、現在は府中市に編入)である。

美知代は、地元の小学校を卒業すると英語教師をしていた兄実麿(じつまろ)を頼り神戸に行き、米系ミッションスクール神戸女学院に通いハイカラな学校生活を送る。美知代は神戸女学院の母体でもある神戸教会に出入りし、そこで同志社の学生永代静雄(兵庫県三木出身)に出会う。永代は「蒲団」では恋人田中秀夫として登場する。

上下町並み.jpg

上下町の町並み

作成:神戸学術事業会


【連載読物】田山花袋「蒲団」のモデル岡田美知代の兄岡田實麿(2)(2007.06.21)

小説の上での横山芳子は、「大胆な女」、「飛んでる女」として描かれている。このことによりモデルの岡田美知代は世間から白い目で見られていたようだ。一九九二年に創元社発行からされた協会史『近代日本と神戸教会』には、永代静雄と岡田美知代の写真が、「蒲団」のモデルとして掲載されている。

美知代の兄實麿(じつまろ)は、「蒲団」の中にもモデルの兄としてチラリと出てくる。例えば、「総領の兄は英国へ洋行して、帰朝後は某官立学校の教授となっている」という部分。現実の實麿は、当初神戸商業学校(現県立神戸商業高校)で英語教師をしていた。1902年(明治35年)に、東京高等商業学校(現一橋大学)に次いで、神戸に第二番目の神戸高等商業学校(現神戸大学)が設立されたのを機に翌々年の1904年に同校の教授に就任する。

岡田實麿は、同志社、慶応義塾で学び、更に(「蒲団」の記述のように、英国ではなく)米国オハイオ州オベリン大学でバチャラー・オブ・アーツの学位をとる。当時としては“先端を行く英語教師”であった。岡田實麿は、日本の英語教育については、「読解に偏することなく、書くことや会話(聴き、話すこと)も重視すべき」というのが持論。今でこそ、当然のこととして受け入れられる考え方であろうが、当時としては異端で少数意見であったであろう。

蒲団.jpg
『蒲団・一兵卒』

作成:神戸学術事業会


【連載読物】田山花袋「蒲団」のモデル岡田美知代の兄岡田實麿(3)(2007.06.22)

1907年(明治40年)9月、岡田実麿は旧制第一高等学校(現東京大学)講師となり上京する。実麿のポストの前任者は夏目漱石だった。実麿は朝日新聞社に移った漱石の後釜に座った訳である。その後、岡田實麿は明治大学予科教授となる(年月不明)。一高を辞めた理由は分からない。私立の学校で学び、米国留学経験がある異端の英語学者だった岡田實麿である。官立学校の雰囲気に馴染めなかったのかもしれない。

新しい職場である明治大学の同僚に山崎寿春がいた。実麿は山崎が設立した東京高等受験講習会(現駿河台予備校の前身)でも教えるようになる。『駿河台学園八十年史』(1999年)によると、岡田實麿は1939年(昭和14年)頃まで同校で教えていた。予備校では看板教授。講義は名講義だったと回想する往時の予備校生もいる(前掲書)。『英文和訳要訳』、『和文英訳教材』等の著作も多数ある。しかし、岡田實麿の名は今日、殆ど忘れられてしまっている。その原因は、予備校で教えていた期間が長かったからに違いない。

岡田美知代は、恋人永代静雄と結婚し一児をもうける。その後離婚してから「主婦の友」の記者として米国に渡り、現地で花田小太郎と再婚する。終戦直前に帰国し、1968年広島県庄原市で死去した。したがって、明治末期に書かれた小説「蒲団」のモデル岡田美知代は、東京オリンピックをテレビで見ることできた。そして、大阪万博が開催される2年前に死去したことになる。師と仰ぐ田山花袋が書いたスキャンダラスな小説「蒲団」のモデル。岡田美知代は、生涯このレッテルを貼られて生きていかねばならなかった。自らは「私は、そんなふしだらな女でなかった」という趣旨文章を書き、公表もしている。しかし、名誉回復に至っていない。

最近になって、岡田美知代の故郷上下町が旧岡田家を記念館に改装し資料を収集・展示を開始した(写真)。今後は、岡田美知代の生涯と小説「蒲団」の実像と虚像の違いに関する研究が進んでいくに違いない。また、先駆的英語教育者であった兄實麿についても、その全貌が明らかになっていくであろう。

菁柿(せいし)堂が刊行する新編日本女性文学全集の第3巻には永代美知代の作として「ある女の手紙」、「一銭銅貨」が収録されている。この永代美知代は、永代静雄と結婚していた当時の岡田美知代であり、今日「全く忘れられた作家」の存在になっているともいえない。

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上下歴史文化資料館

作成:神戸学術事業会


討論会「関西からの新産業創造」、加護野忠男教授(営)等(2007.06.25)

日本経済新聞社と関西経済人・エコノミスト会議が、5月31日に大阪商工会議所で「関西からの新産業創造」を主題に討論会を開いた。

この討論会には、神戸大学大学院経営学研究科加護野忠男教授、サンリット産業小池俊二社長、村田機械村田純一会長、大阪証券取引所の米田道生社長がパネリストとして参加した。

京阪神の三都市を中心とした経済活性化や産業育成について議論が交わされ、加護野教授は、「神戸や京都では新規参入者でも従来と異なる試みなら受け入れられる風土がある」と指摘する。「東京と違うことをやる発想で個性を生かせば勝ち残れる」と、大阪で生まれた日本貿易振興機構(ジェトロ)などの具体例を交え、今後の関西のビジネスモデル・関西企業のあり方について意見を述べた。

※討論会の概要は下記「日経ネット関西版」参照。
http://www.nikkei.co.jp/kansai/news/40244.html

なお、討論会の概要は、6月7日付 日本経済新聞(朝刊)に掲載さた。


大阪トヨタ三吉暹会長(1963年経卒)が関西の新産業育成についてコメント(2007.06.26)

5月31日に開催された関西経済人・エコノミスト会議 討論会のテーマであった「関西からの新産業創造」について、企業経営者や研究者がどう考えているのか。日本経済新聞「近畿経済・兵庫」欄では、6月2日を初回とし3回にわたり識者へのインタビュー記事を掲載している。

連載第一回目は、大阪トヨタ三吉暹会長が登場、関西の新産業育成についてコメントしている。三吉会長は、関西の産業育成のについて、「空港や水運、用地も豊富なのに本社機能を東京に移す関西企業が相次いでいる。今後、物流の要である道路網の整備、情報ネットワークの確立、企業誘致の努力等、広域で連携しないと産業は育たない」と指摘。

関西の産業育成・地域連携を進めるには大阪が中心となって進める形ではなく、互譲の精神で域内に産業を育てる発想が重要だと指摘した。

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写真は大阪トヨタ社のホームページから。


朝日新聞コラム「医療危機」から(2007.06.27)

朝日新聞の連載コラム「医療危機」(40回,6月2日付朝日)に、日本医大高柳和江准教授(1970年医卒)が代表世話人をつとめる「癒しの環境研究会」の全国大会の模様が報告されている。

高柳准教授は、日本の病院の環境があまりにもひどいことから、病院生活を快適にすることがたいせつだと、医師、看護師、建築家、デザイナーによびかけ、1994年に研究会を立ち上げた。今年、大分県別府市で開かれた「癒しの環境研究会」全国大会は、その第7回。

このコラムの筆者は田辺功編集委員。高柳准教授と田辺編集委員は、この大会のシンポジウム「笑い療法士見参」では司会を務めた。患者が笑いを取り戻せば痛みも軽くなり病気も治る。そのような考え方から、研究会は2005年から「笑い療法士」の養成を創めた。すでに209人が認定されている。

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高柳和江 監修/癒しの環境研究会 編著『生きる歓び☆アゲイン 癒しの環境でめざめる生命のネットワーク 』 定価 3,780円、医歯薬出版


フューチャーベンチャーキャピタル松本直人関西投資部長(2000年経卒)(2007.06.28)

財団法人神戸市産業振興財団の広報誌「KOBEーE-TIPS」春号に、フューチャーベンチャーキャピタル松本直人関西投資部長(2000年経卒)が登場、(株)デジタルアライアンス有本哲也代表取締役と対談している。(株)デジタルアライアンスは、ECサイトの構築・運営・管理、ウェブ関係コンテンツの企画・製作等を行うベンチャー企業。その行動力、実行力が信頼をかちえた。

対談の内容は、(株)デジタルアライアンスが、フューチャーベンチャーキャピタルから出資を受けるに至った経緯等についての回顧談。松本直人さんは、神戸大学卒業後フューチャーベンチャーキャピタルに入社。神戸事務所長(2005年)を経て現職に。(株)デジタルアライアンスとの取引は、神戸事務所長時代のことである。

【参考】フューチャーベンチャーキャピタルのHP
http://www.fvc.co.jp/

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平川和文教授(発)が、「生活にスポーツ習慣を」と提言(2007.06.29)

神戸大学大学院人間発達環境学研究科平川和文教授が、5月28日付神戸新聞のコラム「論」に登場、「生活にスポーツ習慣を」と提言している。

平川教授は、ここ数年兵庫県教育委員会とともに県内の子供の体力に関する調査を行ってきた。調査の結果によると、例えば小学生は筋力・敏捷能力で劣る傾向にある。わが国の子供の体力は1980年代後半から低下傾向が続いている。また、運動をする子と、しない子の二極分化が進んでいる。

短くても良い。毎日運動を続けること。スポーツは楽しいので”やりすぎに注意”、自然体験や野外活動も大切等の指摘を行うとともに、平川教授は、「家庭、学校、地域が連携して」スポーツ環境づくりに取り組む必要があると述べる。



 
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