1月8日(火曜日)付日本経済新聞最終面の連載コラム「万葉のこころ 十選」の②として、壁画「阿騎野の朝」が紹介されていた。コラムの執筆者は歌人の佐佐木幸綱氏。
「阿騎野の朝」というタイトルの壁画は、奈良県宇陀市の中央公民館に掲げられている。この壁画は、かつて橿原神宮外苑の大和国史舘の壁画として依嘱されて描かれたものだった。阿騎野という地は、旧・大宇陀町一帯の山野で、式内社阿紀神社が残っている。
東の野にかぎろひのたつ見えて返り見すれば月かたぶきぬ
柿本人麻呂
壁画はこの歌に取材している。冬の早朝である。焚火が見える。弓が、背中に背負ったえびら(矢の入れ物)が見える。腕に鷹を留まらせた者がいて、猟犬がいる。狩をするため野営して朝を迎えた場面だ。「かぎろひ」とは何か。一般には曙光の意味と解されている。太陽が出る寸前、東の空を赤く染める暁の光の意味だ。
この絵の作者は、1919年(大正8年)に神戸高商を卒業した異色の画家中山正実氏。壁画制作のために、曙光と月が同時に東西に見える日時を実証しようとした。東京天文台に調査を依頼し、実地検証し、持統六年(692年)11月17日(旧暦)午前5時50分と特定したというエピソードも記述されている。
なお、この「阿騎野の朝」と作者である中山正実画伯に関しては、「『かぎろひ』大和路を彩る 万葉歌人も詠んだ自然現象、『観る会』で追体験」(2005年12月9日付日本経済新聞)とのタイトルの記事がある。執筆者は、大宇陀町観光協会会長の原野悦良氏。
大正から昭和初期にかけて、神戸大学の前身校である神戸高商は、中山画伯以外にも多数のプロ(級)の画家を生んでいる。以下は、そのリスト。
妹尾正彦(1925年(大正14年)卒、独立美術協会)
前田藤四郎(1927年(昭和2年)卒、春陽会)
井上覚造(1928年(昭和3年)卒、二科会)
山崎隆夫(1930年(昭和5年)卒、国画会)
森治樹(1926年(大正15年)卒、マーキュリー会*、資生堂社長)
*は、アマチュア
 |