一橋大学の季刊広報誌「HQ」夏季号(Vol.27)が、「新制大学が継承する三商大の伝統」のタイトルで4ページにわたる三商大の特集を行っている。以下は、その概要。
2010年2月1日に、一橋大学が、旧三商大として伝統的に交流のある、神戸大学、大阪市立大学と、教育交流協定を締結したことにちなんでいる。記事の最初には、 三大学のロゴマークが掲げられる等力の入った企画だ。今年は、旧三商大交流の象徴ともいえる三商大ゼミ60周年、三商大50周年にあたる。
「HQ」は、その記念事業として、新企画を組んで三商大の交流活動の特集をおこなったもの。この企画は、シリーズとなっており、第1回目は、三商大ゼミと三商大戦を中心に、三商大の交流の歴史について振り返っている。
1920年~1929年、すなわち、大正末期から昭和初頭にかけて大学令のもとに以下のように3つの高等商業学校が大学に昇格した。
・東京高等商業学校から昇格した官立東京商科大学(1920年昇格、現一橋大学)
・大阪高等商業学校から昇格した市立大阪商科大学(1928年昇格、現大阪市立大学)
・神戸高等商業学校から昇格した官立神戸商業大学(1929年昇格、現神戸大学)
これらの三大学は、第二次世界大戦敗戦後の1949年に新教育制度が施行されるまで、日本の商学、経済学を牽引する希少な専門大学として伝統を誇っていた。生まれも、育ちも類似していいたこの3つの大学は、三商大と呼ばれ、昭和初期から1940年頃までは、積極的な交流活動を展開する。大阪商科大学の設立に当たっては、一橋大学OBでもある当時の関一市長の大きな貢献があった。
昭和初期から敗戦以前発行の『一橋新聞』の中には、三大学の学長会議の記事掲載が多くあることから、同会議がほぼ恒例化されていたことが推測される。また、大阪商科大学が大学昇格した年の『一橋新聞』は「今年の進学年より大阪高商昇格と決定す」と見出しがついた記事が掲載されている(『一橋新聞」第65号 1928年1月16日発行)。また、神戸商業大学に関しても昇格を前に「神戸商大の特徴」(『一橋新聞』第81号 1928年11月5日発行)と題された、高垣寅次郎東京商科大学教授(同教授は明治44年神戸高商卒、東京高商専攻部に進学)の寄稿文が掲載されている。さらに、1942年4月10日発行の『一橋新聞』では、三商大共同で商業教育刷新新案を政府に提出するなどの記述があります。こうした記事を見るだけでも、それぞれの大学に対する関心、交流の深さがうかがえよう。

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